ハーバード流:チーム内の意見対立を解消する「関心」に焦点を当てる交渉術
チーム内の意見対立は避けられない課題、どう乗り越えますか?
管理職としてチームを率いる中で、意見の対立は避けられない日常の一コマかもしれません。プロジェクトの進め方、リソースの配分、優先順位の決定など、様々な場面でチームメンバー間の意見が衝突することがあります。こうした対立を放置すると、チームの士気が低下したり、生産性が落ちたり、最悪の場合はメンバー間の関係性が悪化してしまったりする可能性もあります。
多くの対立は、お互いが自分の「立場」を強く主張し合うことから生まれます。「私は〇〇というやり方が絶対正しい」「いや、××のやり方以外ありえない」といった主張のぶつかり合いは、しばしば平行線をたどり、感情的なわだかまりを残すことになりがちです。
多忙な中で、こうした対立に時間をかけて向き合うのは容易ではありません。しかし、対立を建設的に解消し、チームをより強く、より生産的にするための効果的なアプローチがあります。それが、ハーバード流交渉術の中核をなす「立場」ではなく「関心」に焦点を当てるという考え方です。
ハーバード流交渉術の核心:「立場」ではなく「関心」に焦点を当てる
ハーバード流交渉術は、単に「言い負かす」ための技術ではありません。それは、関係性を維持・強化しながら、双方にとってより良い合意形成を目指すためのフレームワークです。その最も重要な原則の一つが、「立場」と「関心」を区別し、後者に焦点を当てることです。
- 立場(Position): 交渉において表面的な主張や要求です。「〇〇を導入すべきだ」「予算を▲▲円に増やすべきだ」といった具体的な意見や結論を指します。
- 関心(Interests): その立場や主張の背景にある、根本的なニーズ、懸念、恐れ、願望のことです。「なぜ〇〇を導入したいのか?」「なぜ予算を増やしたいのか?」といった問いに対する答えが関心にあたります。安全性、効率性、コスト削減、成長機会、承認欲求、心理的な安定なども含まれます。
意見対立の多くは、お互いが「立場」を主張し合うことで起こります。例えば、Aさんは「プロジェクトは納期厳守で進めるべきだ」という立場、Bさんは「品質を最優先すべきだ」という立場を取ったとします。立場の主張だけではぶつかり合うだけですが、その背景にある「関心」を探るとどうでしょうか。
- Aさんの関心:「顧客からの信頼を失いたくない」「遅延による追加コストを避けたい」
- Bさんの関心:「手戻りを防ぎたい」「長期的な顧客満足度を高めたい」「メンバーのモチベーションを維持したい」
このように、「関心」は一つではなく、複数のものが複雑に絡み合っているのが通常です。そして重要なのは、表面的な「立場」は対立していても、その背景にある「関心」の中には、共通するものや、共存可能なものがしばしば存在するということです。
チーム内の意見対立を解消するには、この「関心」に焦点を当て、お互いの関心事を深く理解し合うことが出発点となります。
チーム対立解消のための実践ステップ:関心を探り、共に解決策を見つける
ハーバード流の「関心」に焦点を当てるアプローチをチーム内の意見対立解消に活用するための具体的なステップをご紹介します。
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冷静な場を作る:
- 感情的な対立が起きている場合は、一度冷静になる時間を取りましょう。
- 「少し時間を置いてから、改めて話しましょう」と提案するなど、落ち着いて話し合える環境を整えます。
- 話し合いの目的が「どちらが正しいかを決めること」ではなく、「お互いの関心事を理解し、より良い解決策を共に探すこと」であることを共有します。
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お互いの「関心」を明らかにする(聞き手に回る):
- まずは、対立しているメンバーそれぞれの意見(立場)を聞きます。
- 次に、その意見の背景にある「関心」を引き出す質問をします。
- 「なぜそのように考えるのですか?」
- 「その方法で、具体的に何を達成したいと考えていますか?」
- 「その意見の裏には、どのような懸念や心配事がありますか?」
- 「あなたにとって、何が最も重要ですか?」
- 相手の言葉を遮らず、真摯に耳を傾け、理解しようと努めます。相づちや要約を交えながら聞くと、相手は「聞いてもらえている」と感じやすくなります。
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自分の「関心」を明確に伝え、理解を求める:
- 相手の関心を理解した上で、今度はあなた自身の立場や主張の背景にある「関心」を率直に伝えます。
- 「私の立場は〇〇ですが、その背景には△△という関心があります。具体的には、〜〜といった点を懸念しています。」
- 感情的にならず、客観的な言葉で説明することを心がけます。
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共通する関心、両立しうる関心を探す:
- お互いの関心が出揃ったら、そこに共通点がないか、あるいは一見対立するように見えても同時に満たせる関心はないかを探します。
- 「お互いに『プロジェクトの成功』と『チームメンバーの負担軽減』に関心があるようですね。」
- 「品質向上への関心と、納期厳守への関心は、同時に満たす方法があるかもしれません。」
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複数の解決策をブレインストーミングする:
- 特定の一つの解決策に固執せず、できるだけ多くの選択肢を出し合います。この段階では、突飛に思えるアイデアでも否定せずに歓迎します。
- 「お互いの関心(例:品質向上、納期厳守)を満たすには、どんな方法が考えられますか?」
- 「A案、B案の他に、C案、D案のような進め方はどうでしょう?」「それぞれの良い点を組み合わせることは可能ですか?」
- 「関心」に焦点を当てたことで、当初は思いつかなかった創造的な解決策が見つかることがあります。
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客観的な基準に基づいて解決策を評価し、合意する:
- 感情や立場の強さではなく、事前に合意した、あるいは広く受け入れられている客観的な基準(専門家の意見、市場データ、過去の類似ケース、会社の規定、コスト、時間効率など)を用いて、ブレインストーミングで出た解決策を評価します。
- 「この方法を選ぶと、品質基準の〇〇を満たせますが、コストは△△かかります。」
- 「あのケーススタディによると、このアプローチは効率的とされています。」
- どの解決策が、お互いの(特に共通する、あるいは重要な)関心を最もよく満たすかを検討し、合意形成を目指します。
具体的な会話例
ケース: プロジェクトのタスク分担で意見が割れている。Aさんは効率を重視して一部のメンバーに業務を集中させたい。Bさんはメンバーの成長機会を重視して、より均等に分担したい。
従来の「立場」のぶつかり合い:
Aさん:「このタスクは、経験のある〇〇さんに全部任せるべきです。その方が絶対に早い。」 Bさん:「いや、それでは若手の成長機会がなくなります。△△さんにももっと経験を積ませるべきです。」 Aさん:「でも、納期に間に合わなかったらどうするんですか。今はスピードが最優先です。」 Bさん:「スピードだけではなく、将来のことも考えないと。チーム全体のスキルアップが重要です。」 (...対立が深まる...)
「関心」に焦点を当てるアプローチ:
あなた(マネージャー):「お二人とも、プロジェクトを成功させたいという関心は共通していますね。ただ、そのために何が重要かという点で、意見が少し違うようです。」 「Aさんの『〇〇さんに任せるべき』というご意見ですが、その背景にある関心はなんでしょうか? なぜそれが最も良い方法だとお考えですか?」 Aさん:「はい。私の関心は、まず第一に『納期厳守』です。これまでの経験から、〇〇さんに任せるのが最もリスクが少なく、確実に期限内に完了できると考えています。遅延による顧客からの信頼失墜や追加コストを避けたいんです。」(関心:納期厳守、リスク回避、信頼維持、コスト抑制)
あなた:「なるほど、『納期厳守』と『リスク回避』が重要な関心なのですね。よくわかりました。ではBさん、『△△さんにも経験を積ませるべき』というご意見ですが、その背景にはどのような関心がありますか?」 Bさん:「私の関心は、『チーム全体のスキルアップ』と『メンバーのモチベーション維持』です。特定のメンバーに負担が集中すると、他のメンバーの成長が遅れますし、不公平感からモチベーションが下がる懸念もあります。長期的に強いチームを作るためには、皆が満遍なく成長できる機会が必要だと考えています。」(関心:チーム全体のスキルアップ、メンバーのモチベーション、公平性、長期的なチーム力)
あなた:「ありがとうございます。お二人の関心は、『納期厳守』『リスク回避』『信頼維持』といった短期的な視点と、『チーム全体のスキルアップ』『モチベーション維持』『長期的なチーム力』といった長期的な視点にあるようですね。どちらもプロジェクト、そしてチームにとって非常に大切な関心です。では、これらのお互いの関心を満たすためには、どのようなタスク分担の方法が考えられるでしょうか? 一つの方法にこだわらず、いくつかアイデアを出してみませんか?」 (...ブレインストーミングを経て、例えば「難易度の高いコア部分は経験者に任せつつ、そのサポートや周辺業務を若手に担当させ、OJTを兼ねる」「今回のプロジェクトでは納期を最優先としつつ、別の機会に若手の育成を目的としたタスクを設ける」などの複数の選択肢が出てくる...) あなた:「出たアイデアの中から、今回のプロジェクトの特性やチームの現状を考慮して、最もお互いの関心を満たせるのはどの方法か、客観的な基準(例:過去の類似タスクの所要時間、各メンバーの現在のスキルレベル)も参考にしながら検討しましょう。」
避けたい行動と注意点
- 関心を聞き出そうとせず、一方的に自分の関心を押し付けること。 双方向のコミュニケーションが必要です。
- 相手の関心に対して「それは間違っている」と否定的な態度を取ること。 関心は個人の内面にあるものであり、善悪で判断するものではありません。まずは「理解する」ことが重要です。
- 対立の根源にある「関心」を見落とし、表面的な「立場」の調整だけで終わらせてしまうこと。 その場しのぎの解決にしかならない可能性があります。
- 感情的になり、人格攻撃に走ること。 これはハーバード流交渉術の原則「人と問題を分ける」に反します。
まとめ:日常の対立を成長の機会に変えるために
チーム内の意見対立は、避けるべき厄介なものではなく、お互いの関心や価値観を深く理解し、より良い解決策を共に創造するための機会と捉えることができます。
多忙な中でも、少し立ち止まり、相手の「なぜ?」に耳を傾け、その背景にある「関心」を探る習慣を持つこと。そして、自分の関心も誠実に伝えること。このハーバード流交渉術の考え方を日常のコミュニケーションに取り入れることで、チーム内の対立は建設的な話し合いへと変わり、チームの信頼関係と総合力が向上していくことでしょう。
まずは、次に意見対立が起きた際に、「相手の立場」ではなく「相手の関心」は何だろう?と考えてみてください。そして、「なぜそう考えますか?」と問いかけてみることから始めてみてはいかがでしょうか。